はじめに
マーケティングは、商品やサービスを必要とする人々に届けるための「橋」のような存在です。その理論を築き上げた学者たちは、私たちがどのように顧客を理解し、価値を伝えるべきかを教えてくれました。彼らの考え方は、現代のビジネスシーンでも欠かせない指針となっています。今回は、そんなマーケティングの歴史を作り上げた5人の学者にフォーカスします。
マーケティングの父:フィリップ・コトラー
フィリップ・コトラー(Philip Kotler)は、「近代マーケティングの父」として知られるアメリカの経営学者であり、マーケティング理論を体系化し、現代のビジネス界に多大な影響を与えた人物です。彼の理論は、企業が顧客のニーズを理解し、それに応えることで利益を上げるというマーケティングの本質を明確にし、科学的かつ戦略的なアプローチを提供しました。
マーケティングの体系化
コトラー氏の最大の功績は、マーケティングを体系的な学問として確立したことです。
それまで断片的に捉えられていたマーケティングの概念を整理し、「マーケティング原理」をはじめとする数々の著書を通じて、マーケティングの定義、原則、手法などを体系的にまとめ上げました。
特に有名なのが、マーケティング活動を**「製品 (Product)」「価格 (Price)」「プロモーション (Promotion)」「流通 (Place)」** の4つの要素から捉える 4P のフレームワークです。
この4Pは、マーケティング戦略を考える上での基本的な枠組みとして、世界中の企業で広く活用されています
代表的なフレームワーク
- 4P理論(マーケティング・ミックス)
- Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、**Promotion(プロモーション)**の4つの要素を組み合わせてマーケティング戦略を構築する手法。これは、1960年代にエドモンド・ジェローム・マッカーシーが提唱した理論を基に、コトラーが広めました。
- STP分析
- Segmentation(市場の細分化)、Targeting(ターゲットの選定)、**Positioning(ポジショニング)**の3つのステップで市場を分析し、競争優位を確立する手法。これは、顧客志向のマーケティングを実現するための基本フレームワークです。
- 7P理論
- 4Pに加え、People(人)、Process(プロセス)、**Physical Evidence(物的証拠)**を追加したサービス業向けの拡張版。これにより、サービス業のマーケティングにも対応可能な理論となりました。
- マーケティングの進化(1.0~5.0)
- コトラーはマーケティングの歴史を以下のように分類しました:
- 1.0(製品志向):製品を大量生産し、販売することが中心。
- 2.0(顧客志向):顧客のニーズを満たすことに重点を置く。
- 3.0(価値主導):社会的価値や企業の社会的責任を重視。
- 4.0(デジタル時代):顧客の自己実現を支援し、SNSやデジタル技術を活用。
- 5.0(テクノロジー×人間性):AIやビッグデータを活用しつつ、人間中心のアプローチを重視。
- コトラーはマーケティングの歴史を以下のように分類しました:
著書:「コトラーのマーケティング」
コトラーについて詳しく解説した記事はこちら↓
セオドア・レビットと「マーケティング近視眼」


セオドア・レビット(Theodore Levitt)は、1960年に発表した論文「マーケティング近視眼(Marketing Myopia)」で広く知られるアメリカの経済学者であり、元ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授です。
マーケティング近視眼とは?
レビットが提唱した「マーケティング近視眼」とは、企業が自社の製品やサービスを狭い視野で捉え、顧客の本質的なニーズを見失うことを指します。具体的には、企業が自らの使命を「製品を売ること」と狭く定義してしまうと、競争や市場の変化に対応できなくなるという警告です。
代表的な例
- 鉄道業界: 鉄道会社が「鉄道を運営すること」を使命と捉えた結果、航空機や自動車の台頭に対応できず衰退した。
- 映画業界: 映画製作に固執し、テレビという新しいエンターテインメントの可能性を見逃した。
レビットは、企業が「自社の製品」ではなく、「顧客が求める価値」に焦点を当てるべきだと主張しました。この視点は、現代のマーケティング戦略においても重要な指針となっています。
「ドリルではなく穴」の教訓
レビットの思想を象徴する有名な格言に、「顧客が欲しいのはドリルではなく、穴を空けること」というものがあります。この言葉は、顧客が製品そのものではなく、その製品が提供する「ベネフィット(利益や価値)」を求めていることを示しています。
具体例
- ドリル: 顧客がドリルを購入する理由は、ドリルそのものが欲しいのではなく、穴を空けるという目的を達成するため。
- ランニングシューズ: 顧客がシューズを買う理由は、速く走れるようになりたいからであり、シューズ自体が目的ではない。
この教訓は、マーケティングにおいて「顧客の本当のニーズ」を理解し、それに応じた価値を提供することの重要性を強調しています。
顧客ベネフィットを考える重要性
レビットは、顧客が製品を購入する際に求めているのは「製品の機能」ではなく、「その製品がもたらす結果や価値」であると述べています。これを「顧客ベネフィット」と呼びます。
顧客ベネフィットの例
- 家: 顧客が家を購入する理由は、家そのものではなく、そこでの快適な生活や家族との時間を求めているから。
- 会計ソフト: 税理士が会計ソフトを導入する理由は、ソフト自体ではなく、業務効率化やコスト削減を実現するため。
企業が顧客ベネフィットを理解し、それを提供することで、顧客満足度を高め、競争優位を築くことが可能になります。
現代ビジネスへの応用
レビットの「マーケティング近視眼」や「ドリルではなく穴」の教訓は、現代のビジネスにおいても広く応用されています。特に、以下の分野でその重要性が認識されています。
1. 顧客体験(Customer Experience)の重視
企業は、製品やサービスを提供するだけでなく、顧客がその利用を通じて得られる体験を重視するようになっています。たとえば、Appleは単なるデバイスを売るのではなく、シームレスなエコシステムを通じたユーザー体験を提供しています。
2. デザイン思考
デザイン思考では、顧客の潜在的なニーズを深掘りし、顧客が想像もしなかったソリューションを提供することを目指します。たとえば、UberやAirbnbは、既存のタクシーやホテル業界を改善するのではなく、顧客の課題を新しい方法で解決しました。
3. サブスクリプションモデル
製品を所有するのではなく、利用する価値を提供するモデルが増えています。たとえば、Netflixは映画やドラマそのものではなく、視聴体験を提供することで成功しています。
ピーター・ドラッカーと「顧客の創造」
ピーター・ドラッカー(Peter Drucker)は、「マネジメントの父」として知られ、企業経営における基本的な目的を「顧客の創造」と定義しました。彼は、企業の存在意義は顧客を創造し、維持することであり、これを達成するためには「マーケティング」と「イノベーション」という2つの基本的な機能が不可欠であると説きました。
マーケティングとイノベーションの融合
ドラッカーは、マーケティングとイノベーションを企業活動の両輪として位置づけました。これらは独立した活動ではなく、相互に補完し合いながら企業の成長を支えるものです。
マーケティングの役割
- マーケティングは、顧客のニーズを深く理解し、それに応じた製品やサービスを提供する活動です。ドラッカーは、「マーケティングの理想は、製品やサービスが顧客にとって自然に売れる状態を作り出すこと」と述べています。
- 具体的には、顧客の顕在的なニーズだけでなく、潜在的なニーズを発見し、それを満たすことが重要です。
イノベーションの役割
- イノベーションは、より優れた製品やサービスを創造し、顧客に新たな価値を提供することを指します。ドラッカーは、「イノベーションはマーケティングの初歩である」と述べ、顧客のニーズを満たすための新しい方法を模索することが企業の存続に不可欠であると強調しました。
融合の重要性
- マーケティングが顧客のニーズを発見し、イノベーションがそのニーズを満たす新しい価値を創造する。このプロセスを繰り返すことで、企業は競争優位を維持し続けることができます。
新たな顧客ニーズの発見
ドラッカーは、企業が成功するためには、顧客のニーズを単に満たすだけでなく、新たなニーズを発見し、それを創造することが必要であると述べています。
顧客ニーズの発見方法
- 市場調査とデータ分析:
- 顧客の購買行動や市場のトレンドを分析し、潜在的なニーズを特定します。
- 例: デジタル技術を活用したビッグデータ分析やAIによる予測。
- 顧客との対話:
- 顧客の声を直接聞き、彼らが抱える課題や期待を理解します。
- 例: アンケート調査やフォーカスグループの実施。
- 未充足のニーズを探る:
- 現在の市場で満たされていないニーズや不満点を見つけ出し、それを解決する製品やサービスを提供します。
- 例: サブスクリプションモデルやオンデマンドサービスの導入。
- イノベーションの活用:
- 技術革新や新しいビジネスモデルを通じて、顧客がまだ気づいていないニーズを創造します。
- 例: スマートフォンの普及によるモバイルアプリ市場の拡大。
マネジメントとの連携
ドラッカーは、マーケティングとイノベーションを効果的に実行するためには、マネジメントの役割が重要であると述べています。マネジメントは、組織全体を統率し、これらの活動を戦略的に進めるための基盤を提供します。
マネジメントの役割
- 目標の設定:
- マーケティングとイノベーションの活動を組織の目標と連動させることで、全体の方向性を統一します。
- リソースの配分:
- 人材、資金、時間といったリソースを適切に配分し、マーケティングとイノベーションの活動を支援します。
- 組織文化の醸成:
- 顧客志向とイノベーション志向の文化を組織内に根付かせることで、全社員が顧客価値の創造に貢献できる環境を作ります。
- 成果の測定と改善:
- マーケティングとイノベーションの成果を定期的に評価し、必要に応じて戦略を修正します
アル・ライズとポジショニングの重要性


アル・ライズ(Al Ries)は、ジャック・トラウト(Jack Trout)とともに「ポジショニング理論」を提唱し、現代マーケティングにおける重要な概念を確立しました。彼らの著書『ポジショニング:心の戦い(Positioning: The Battle for Your Mind)』は、消費者の心の中でブランドや製品をどのように位置づけるかが、競争の鍵であることを説いています。この理論は、情報が溢れる現代社会において、顧客にメッセージを効果的に届けるための戦略として広く活用されています。
・Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BA
顧客の心の中での位置づけ
ポジショニングとは、単に製品やサービスを市場に投入することではなく、顧客の心の中に特定のイメージや価値を植え付けることを指します。アル・ライズは、「ポジショニングは製品ではなく、顧客の心の中で行われる」と述べています。
ポジショニングの基本原則
- 差別化: 他社製品との差別化を明確にすることで、顧客に「なぜこのブランドを選ぶべきか」を伝える。
- シンプルさ: 複雑なメッセージではなく、顧客が直感的に理解できるシンプルなメッセージを提供する。
- 一貫性: ブランドのメッセージや価値観を一貫して伝え続けることで、顧客の記憶に定着させる。
ポジショニング戦略の具体例
ポジショニング戦略は、さまざまな業界で成功を収めた事例があり、それぞれが異なるアプローチを取っています。
1. 製品の属性やベネフィットを強調
- Dyson: 高性能な掃除機を「強力な吸引力」と「革新的なデザイン」で差別化し、プレミアム市場での地位を確立。
- iPhone: 他社が機能の多さを競う中、「シンプルさ」と「使いやすさ」を強調し、スマートフォン市場で圧倒的なシェアを獲得。
2. ターゲット層の明確化
- ラ・ファーファ: ぽっちゃり女性向けのファッション雑誌として、従来のファッション業界では見過ごされていたターゲット層を狙い、成功を収めた。
- シーブリーズ: ターゲットを「10代の女子高生」に変更し、売上を大幅に伸ばした。
3. ブランドの価値観やストーリー
- Dove: 「リアルビューティーキャンペーン」を通じて、従来の美の基準を覆し、自己受容や多様性を訴求するブランドとしてポジショニング。
- Tesla: 単なる電気自動車メーカーではなく、「持続可能な未来を創造する」というビジョンを掲げ、革新性を強調。
4. 価格戦略
- ユニクロ: 「高品質で低価格」というポジショニングを確立し、幅広い顧客層を獲得。
- Louis Vuitton: 高価格帯を維持し、「ラグジュアリー」と「ステータス」の象徴としての地位を確立。
ブランド構築への応用
ポジショニング戦略は、ブランド構築においても重要な役割を果たします。顧客の心の中でブランドの位置を明確にすることで、長期的な信頼とロイヤルティを築くことが可能です。
ポジショニングを活用したブランド構築のポイント
- ブランドアイデンティティの確立:
- ブランドの核となる価値や使命を明確にし、それを一貫して伝える。
- 例: Disneyは「夢と魔法」をテーマに、家族向けエンターテインメントの象徴としての地位を確立。
- 顧客体験の強化:
- ブランドが提供する体験を通じて、顧客に感情的なつながりを提供する。
- 例: Starbucksは「プレミアムなコーヒー体験」を提供し、単なる飲料以上の価値を顧客に届けている。
- 競合との差別化:
- ポジショニングマップを活用し、競合が手薄な市場やニッチを狙う。
- 例: Salesforceは、従来の買い切り型ソフトウェア市場に対し、SaaSモデルを導入し差別化を図った。
- 一貫したメッセージの発信:
- ブランドのメッセージを広告、製品デザイン、顧客対応など、あらゆる接点で統一する。
- 例: Coca-Colaは「幸福感」をテーマに、一貫した広告キャンペーンを展開
デジタル時代の旗手:セス・ゴーディン


セス・ゴーディン(Seth Godin)は、現代マーケティングの革新者として知られ、特に「パーミッション・マーケティング(Permission Marketing)」の提唱者としてその名を広めました。彼の理論は、デジタル時代におけるマーケティングの方向性を大きく変え、企業と顧客の関係性を再定義するものです。
パーミッション・マーケティングの提唱
背景と定義
セス・ゴーディンは、1999年に出版した著書『Permission Marketing』で、従来の「インタラプション・マーケティング(Interruption Marketing)」に代わる新しいマーケティング手法として「パーミッション・マーケティング」を提唱しました。
- インタラプション・マーケティング: テレビCMやダイレクトメールのように、消費者の意志に関係なく一方的に情報を押し付ける手法。
- パーミッション・マーケティング: 消費者から事前に許可(パーミッション)を得た上で、双方向的なコミュニケーションを行う手法。
ゴーディンは、消費者が情報過多の時代において、不要な広告を避ける傾向が強まる中、許可を得たコミュニケーションが信頼を築き、長期的な関係性を生むと主張しました。
特徴と利点
パーミッション・マーケティングには以下の特徴があります:
- 高いコンバージョン率: 関心を持つ顧客にのみアプローチするため、効率的。
- コスト削減: 無駄な広告費を削減し、ターゲットを絞った施策が可能。
- 顧客との信頼構築: 双方向的なやり取りを通じて、長期的な関係を築ける。
具体例として、メールマガジンの登録やSNSでのフォローは、典型的なパーミッション・マーケティングの手法です。これにより、顧客は自らの意思で情報を受け取るため、企業への好感度が高まります。
デジタルマーケティングにおける新たな価値観
セス・ゴーディンの理論は、デジタル時代のマーケティングにおいて以下のような新たな価値観を生み出しました。
1. 顧客中心主義
従来の「商品中心」から「顧客中心」へのシフトを強調しました。顧客のニーズや興味に基づいた情報提供が、企業の成功に不可欠であると説いています。
2. 信頼と透明性
ゴーディンは、顧客との信頼関係を築くことがマーケティングの根幹であると主張しました。特にデジタル時代では、透明性の高いコミュニケーションが重要です。
3. パーソナライゼーション
デジタル技術を活用し、顧客一人ひとりに合わせたパーソナライズされた体験を提供することが、競争優位性を高める鍵となります。
4. インバウンドマーケティングとの融合
パーミッション・マーケティングは、後に「インバウンドマーケティング」の基盤となりました。インバウンドマーケティングは、価値あるコンテンツを通じて顧客を引き付け、信頼関係を構築する手法であり、ゴーディンの理論をさらに発展させたものです。
現代企業への影響
セス・ゴーディンの理論は、現代の企業に以下のような影響を与えています。
1. マーケティング戦略の変革
企業は、従来のマスマーケティングから、顧客との関係性を重視したマーケティングへと移行しました。これにより、広告の質と効率が向上し、顧客満足度が高まっています。
2. デジタルプラットフォームの活用
SNSやメールマーケティングなど、デジタルプラットフォームを活用したパーミッション・マーケティングが主流となり、企業は顧客との直接的な接点を増やしています。
3. 持続可能なビジネスモデルの構築
顧客との長期的な関係を築くことで、リピート購入やブランドロイヤルティの向上が図られ、持続可能なビジネスモデルが実現されています
著書:「出し抜く力」
まとめ
マーケティングを学ぶことは、顧客を理解し、適切な価値を提供する力を養うこと。つまり、それは「人を知り、繋がる力」を高めることに他なりません。これからの時代、AIやデジタル技術がさらに進化する中で、マーケティングも新たな局面を迎えます。しかし、その核にある「人を中心に考える」という視点は、いつの時代も変わりません。今回紹介した学者たちの理論をヒントに、あなたも未来のマーケティングを築いていきませんか?
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